イタリアの午後に吹く風を、グラスに注ぐ。
昼下がり、まだ太陽の勢いが残る時間帯に、何かを“締める”のではなく、ゆるやかに“開いていく”ような一杯が欲しくなることがある。
そんなとき、私が手に取るのは アペロールスプリッツ だ。
アルコールの強さや主張ではなく、 色と香りと泡 が、心をほどく。
今回は、このアペロールスプリッツに合わせる一皿として、「メロンとトマトとモッツァレラのカプレーゼ」を提案したい。
見た目は絵画のように鮮やかで、味はあくまで柔らかい。
主張しすぎず、でも確かな個性を持った組み合わせだ。
アペロールスプリッツという“国民的カクテル”の魅力
アペロールスプリッツは、イタリアの午後に欠かせない“国民的アペリティーボ(食前酒)”だ。
鮮やかなオレンジ色のその一杯は、バールのテラスに並ぶだけで街角の空気が華やぐ。
レシピはこうだ。
アペロール40mlに対して、スパークリングワインと炭酸水を1:1で注ぐ 。
仕上げにオレンジスライスと大きめの氷を添えることで、見た目にも味にも軽やかさが加わる。
アペロール自体は、苦味と甘みを併せ持つリキュール。
カンパリよりも低アルコールで、やさしい飲み口が特徴だ。
ハーブ、オレンジ、ほんのりスパイス──その多層的な香りを、スパークリングワインの果実味と炭酸のきめ細かい泡が、やさしく持ち上げてくれる。
こうして生まれるのは、午後という時間に寄り添う、“軽やかで緻密な一杯”なのだ。
" カクテルとは、料理に寄り添うだけではない。 テーブルのストーリーを象る、いわばテーブルのストーリーテラーである。"

甘み・酸味・塩気の三重奏──夏のカプレーゼの構成
合わせる料理は、カプレーゼ──といっても、ひと工夫加えたもの。
通常のトマトとモッツァレラに、 果物としてのメロン を足すことで、甘み・酸味・塩気のバランスがふわりと広がる構成に仕上がる。
メロンの瑞々しさとトマトの酸味が拮抗し、そこにモッツァレラのコクがやさしく溶け込む。
味の“山”が立ちすぎないぶん、アペロールスプリッツの微細な苦味や香りが、料理の背景を彩るように寄り添ってくれる。
オリーブオイルは控えめに。
バジルはあくまで香りのアクセントとして使う程度でいい。
夏の果実に、何かを足すのではなく、“余白”を残すように仕立てるのがコツだ。
なぜこのペアリングが“昼の一杯”にふさわしいのか
このペアリングが心地よいのは、 どちらも「涼やかな感覚の中に輪郭がある」から だ。
アペロールスプリッツは、ビターでもスイートでもない。
その真ん中にある“曖昧な美しさ”を、メロンとトマトのカプレーゼが、そのまま味として写し取っている。
気持ちを高ぶらせず、落ち込ませもせず、“今ここ”を肯定するためのテーブル。
そこにこのペアは、何も主張せずにただ馴染んでくれる。
一日を締めくくるための、ささやかな誇りと静かな歓びを、テーブルの上に。
軽やかで満ち足りた時間をつくる、食卓の余白
食べ終えたあとの静けさ、グラスの氷が音を立てるたびに、まだ少しだけ続く夏の午後。
派手ではない、だが心の奥に“これでよかったんだ”という小さな納得が残る。
アペロールスプリッツとカプレーゼ。
どちらも、気取らず、でも美意識を忘れない。
そんな大人の休日にふさわしい組み合わせだ。
プロフィール
鈴木海人 – バーテンダー/俳優
イベントバーテンダー・カクテルレシピ考案 / Vtuber「上戸アペリ」総合運営
「一杯の酒に、人生の余韻を。」
都内バー勤務を経て、現在はオンライン配信を拠点に活動。クラシックなカクテルから、季節のハーブや自家製ボタニカルを用いた一杯まで、記憶に残る味と香りを設計する。酒の知識だけでなく、音楽、言葉、香りを複合的に操る感性で、グラスの中に世界観を築き上げるスタイルが特徴。
“飲むことで、誰かの心が少しほどけるなら”——そんな想いを胸に、日常と非日常のあわいに立つバーテンダー。あなたの夜に、静かで鮮烈な余韻を届ける。
