松前漬け探偵、北前船の港へ|数の子は、あとから来た ― 松前漬けの歴史と作り方

松前漬け探偵、北前船の港へ|数の子は、あとから来た ― 松前漬けの歴史と作り方

数の子がたっぷり入った松前漬けの小鉢

読みもの|探偵シリーズ 第4話北前船の
事件簿
数の子は、あとから来た。

この物語はフィクションです。登場人物は架空の人物で、人物の写真はイメージです。松前漬けの歴史などの情報は、公的な資料などにもとづいています。

するめいか、昆布、そして数の子。甘辛いたれに漬け込んだ松前漬けは、北海道を代表する冬の味です。けれど、その姿ははじめからこうだったわけではありません。

この記事では、ライターのミナと市場の仲卸・源さんと一緒に、「松前」という名前の由来から、塩漬けから醤油漬けへの変化、数の子が加わった理由、そして今の松前漬けが抱える課題までをたどっていきます。

プロローグ
数の子は、あとから来た

ミナ

ミナ

グルメ雑誌のライター。ホタテ、しいたけ、いずしに続き、今度は「正月の小鉢特集」を任された。

源さん

源さん

市場で長年、魚介を扱ってきた仲卸。口は悪いが説明は的確。

師走の市場。源さんの店をのぞくと、源さんは作業台に向かい、キッチンばさみで何かを細く切りそろえている。

キッチンばさみで、いかを細長く切りそろえている
するめを細く切りそろえる(イメージ)
ミナ源さん、何してるんですか?
源さんするめを刻んでる。横で昆布も待ってるぞ。
ミナするめと昆布……あっ、松前漬け! 数の子がたっぷり入った、お正月のやつですね。
源さんほう。じゃあ聞くが、松前漬けにいつから数の子が入ってると思う?
ミナえ? 最初からじゃないんですか?
源さん数の子は、あとから来たんだ。それどころか、昔は醤油味ですらなかった。
ミナ……それ、特集のネタになりますね。

第1幕
「松前」という名前|米の取れない藩と、北前船

ミナそもそも「松前」って、地名ですよね?
源さん北海道の南の端、今の松前町だ。江戸時代はここに松前藩があった。寒くて米が育たねえから、石高のない「無高(むだか)の藩」なんて呼ばれてた。
日本海 太平洋 北海道 本州 北前船の航路(イメージ) 松前町 函館市
松前は北海道の南の端。北前船で本州と結ばれていた(地形は簡略化したイメージです)
ミナお米がないのに、藩としてやっていけたんですか?
源さん海があったからな。昆布、するめ、ニシン。蝦夷地の海の幸を取りまとめて、北前船で本州へ送る。松前は交易の港として栄えたんだ。
北前船は、蝦夷地の海産物を本州へ運んだ(イラスト)
ミナだから昆布もするめも、松前に集まってきた。
源さんそういうこと。特に昆布は「松前昆布」として名が通ってた。今でも昆布を使う料理には、よく「松前」の名がつく。松前漬けもその一つだ。

ミナの取材メモ|「松前」の由来

  • 発祥:江戸時代の松前藩(現在の北海道松前郡松前町周辺)
  • 松前藩:稲作に向かない「無高の藩」。海産物の交易で栄えた
  • 名前の由来:地名であり、特産の「松前昆布」とも結びつく。昆布を使う料理に「松前」の名がつくことが多い

第2幕
ニシンの時代|数の子が安かったころ

ミナでも、数の子は「あとから来た」んですよね? 最初は何を漬けてたんですか?
源さん話がややこしいのはそこだ。江戸の後期から明治にかけて、北海道の南じゃニシン漁が最盛期だった。海が白く濁るほど獲れたって話もある。
番屋
江戸後期から明治にかけて、北海道ではニシン漁が最盛期を迎えた(イラスト)
ミナニシンの卵が数の子……ということは。
源さんそう。当時の数の子は安かった。ニシンは食べるだけじゃなく、肥料にもされてたくらいだ。漁師のおかみさんたちは、その数の子とするめいか、昆布を塩で漬けて、冬の保存食にした。それが松前漬けの始まりとされてる。
細切りのいかと昆布に、手で塩をふっている
細切りのするめいかと昆布を、塩で漬ける(イメージ)
ミナ最初は数の子入りだったんだ。しかも塩漬け。
源さんそうだ。名前もまだ「松前漬け」じゃなく、「こぶいか」なんて呼ばれてた。

ミナの取材メモ|はじまりは浜の保存食

  • 時代:江戸時代後期〜明治、北海道南部でニシン漁が最盛期
  • 始まり:漁師の妻たちが、安価だった数の子、するめいか、昆布などを塩漬けにした冬の保存食とされる
  • 背景:ニシンは食用だけでなく、肥料にも大量に使われていた
  • 昔の呼び名:「こぶいか」など、まだ「松前漬け」の名ではなかった
ミナあれ? じゃあ「数の子はあとから来た」って……。
源さん慌てるな。話はここから一度、ひっくり返る。

第3幕
1937年の転換|塩から醤油へ、そして「松前漬け」へ

源さん昭和12年、1937年。函館の山形屋という店の初代社長、海藤政雄って人が、これを商品にしたとされてる。
ミナ家庭の保存食が、お店の商品に。
源さんそのとき、塩漬けを醤油漬けに変えて、「松前漬け」という名前で全国に売り出したんだ。今の甘辛い松前漬けの元祖ってわけだ。
ミナじゃあ、そのときの松前漬けにも数の子が……。
源さん入ってなかったと伝えられてる。するめと昆布の醤油漬けだ。数の子入りが広まったのは、1960年代ごろからとされてる。
ミナ浜の塩漬けには入っていて、商品になったときに一度消えて、また戻ってきた……!
源さん戻ってきた理由は、プチプチした歯ざわりと、縁起だな。数の子は子孫繁栄の縁起物だ。それで数の子入りの松前漬けが、正月料理の定番になった。

ミナの取材メモ|「松前漬け」の誕生

  • 1937年:函館・山形屋の初代社長、海藤政雄氏が商品化したとされる。塩漬けを醤油漬けに変え、「松前漬け」の名で全国へ
  • 商品化当時:数の子は使われていなかったと伝えられる
  • 1960年代ごろ〜:数の子入りが広まり、子孫繁栄の縁起物として正月料理の定番に

※歴史については諸説あります。図はイメージです。

ミナ「数の子はあとから来た」は、そういう意味だったんだ。

第4幕
繊維に沿って切れ|松前漬けの作り方と、するめの今

話しながらも、源さんの手は止まらない。するめが、同じ向きの細い糸のように積み上がっていく。

  • 皿にのせたスルメイカスルメイカするめの原料
  • 昆布昆布とろみとうま味
  • 数の子数の子ぷちぷち食感
松前漬けの主な材料は、するめ(スルメイカを干したもの)・昆布・数の子(写真はイメージです)
ミナ切る向き、全部そろってますね。
源さんするめは繊維に沿って細く切る。繊維を断ち切ると、あの噛みごたえがなくなっちまう。昆布も細切り。数の子は塩抜きして、薄皮をむいて、食べやすい大きさにする。
繊維に沿って 断ち切る 繊維の向き ↕繊維の向き ↕
するめは繊維に沿って切ると、噛みごたえが残る(図はイメージです)
ミナそれから?
源さんするめに醤油、みりん、酒、塩をもみ込んで、昆布と数の子を合わせる。あとは冷蔵庫で1週間ほど漬けて、味をなじませる。家や店によっては、にんじんや日干し大根、唐辛子、柚子の皮を入れるところもある。
保存容器の中で、するめや昆布、にんじんを醤油だれに漬けている にんじんや大根を加えた、家庭の松前漬け
醤油だれに漬けて味をなじませる。にんじんや大根を加える家も(イメージ)
ミナ今はデパートや物産展、通販でも買えるし、手作り用のキットまでありますよね。

函館で仕込んだ、数の子入りの松前漬けを見る

源さんああ。だが、気になる話もある。肝心のスルメイカが獲れなくなってきてるんだ。松前のあたりも好漁場だったが、全国的な不漁で原料の値段が上がって、作り手は仕入れに苦労してる。
ミナホタテのときの海の話と、同じだ……。

ミナの取材メモ|作り方と、今の課題

  • 切り方:するめは繊維に沿って細切り(歯ごたえを残すため)。昆布も細切り
  • 数の子:塩抜きして薄皮を除き、食べやすい大きさに
  • 漬け方:するめに醤油・みりん・酒・塩をもみ込み、昆布・数の子と合わせて冷蔵庫で約1週間
  • 地域の工夫:にんじん、日干し大根、唐辛子、柚子の皮など
  • 今の課題:スルメイカの不漁で原料価格が上昇。地理的表示(GI:地域ならではの特産品の名称を国が保護する制度)の対象ではなく、全国各地で作られている

エピローグ
時代ごとに、漬け直されてきた味

1週間後。源さんの店の奥で、ミナは小鉢を受け取った。するめは琥珀色に、昆布はとろりとして、その間に黄金色の数の子がのぞいている。

炊きたてのご飯に、数の子入りの松前漬けをのせた一杯
熱いご飯に、ひと箸
ミナするめの噛みごたえ、昆布のとろみ、数の子のプチプチ。全部が一度に来ます。
源さん北前船の港に集まった昆布とするめ。ニシンで沸いた浜の数の子。函館で生まれた醤油の味。全部ひと鉢に入ってる。
ミナ塩の時代があって、醤油の時代があって、数の子が戻ってきた時代がある。
源さん松前漬けは、時代ごとに漬け直されてきた味なんだよ。今度はスルメイカが減って、また形を変える時代が来るかもしれねえ。
ミナだったら、今の一鉢をちゃんと味わっておかないと。
源さんわかってきたじゃねえか。ほら、熱いご飯もあるぞ。

松前漬けは、
時代ごとに
漬け直されてきた味。

早見表
松前漬けの移り変わり

読み進めるのに合わせて、北前船が時代を下っていきます。

  1. 江戸時代

    松前藩の交易の港に、昆布・するめが集まる

    「松前」は地名であり、松前昆布の名でもある

  2. 江戸後期〜明治数の子入り

    数の子・するめいか・昆布の塩漬け

    ニシン漁の最盛期。数の子は安価な食材だった

  3. 1937年数の子なし

    するめと昆布の醤油漬け「松前漬け」として商品化

    函館の山形屋が全国へ。当時は数の子なしと伝えられる

  4. 1960年代ごろ〜数の子が戻る

    数の子入りの甘辛い醤油漬けが広まる

    子孫繁栄の縁起物として、正月料理の定番に

  5. 現在

    土産物・贈答品・家庭用キットとして全国に流通

    スルメイカの不漁で原料価格が上昇

※歴史については諸説あります。

ミナが味わったような、数の子たっぷりの松前漬けは、松丸産直デパートでお取り寄せいただけます。

捜査の結論|数の子が戻った、今の一鉢
ご飯の上から箸で持ち上げた、数の子たっぷりの松前漬け

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内容量
数の子70%入り松前漬け 180g×3
賞味期限
冷凍で30日
産地
北海道函館
配送
産地から直送(ご注文から10日以内に冷凍で発送)
送料
1,100円(税込)

¥4,280税込

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調査報告
まとめ

  • 「松前」は、江戸時代の松前藩に由来する地名。昆布やするめが北前船の交易で集まった
  • 松前漬けの始まりは、ニシン漁が盛んだった時代に、数の子・するめ・昆布を塩で漬けた浜の保存食とされる
  • 1937年に函館で醤油漬けの「松前漬け」として商品化。当時は数の子なしと伝えられる
  • 1960年代ごろから数の子入りが広まり、縁起物として正月料理の定番に
  • 今はスルメイカの不漁で、原料の確保が課題になっている

ひと鉢の松前漬けには、
北前船の港、ニシンで沸いた浜、
函館で生まれた醤油の味が
詰まっています。
今年のお正月は、
その歴史に思いを馳せながら。